みるとみえる

世界文学と「わたしの言葉」をこよなく愛する女の子の創作ノート

短編小説その1

 夕焼けの残りが、屋根に並んだスレートに当たって、キラキラとオレンジに輝いている。ゆったりした雲がピンクに染まり、その間はムラサキ色で、おもちゃのシマウマみたいな空だった。

 シマシマの上にかかった細い三日月の向こうから、白い風船が流されてきた。風は窓から窓へと抜けていく。わたしたちが住んでいる屋根裏部屋は、窓を開けないと、夕方でも死んでしまいそうなくらい暑い。

 わたしは部屋の中でいちばん冷たい場所、すなわち浴室の床に寝転がることにした。家族が帰るまでまだ時間がある。浴室の窓ももちろん大きく開けてあって、わたしはずいぶん色の濃くなったブルーの空を見上げていた。

 白い風船はごはん粒くらいの大きさだったが、わたしたちの上空で止まった。そして、ゆっくりと大きくなっていった。つまり、わたしたちの窓のほうに近づいてきたのだ。そして、家の窓に面した風船の腹部から、シルバーのはしごが垂れ下がった。

 宇宙船だった。

 やってきたのはピカピカの星だった。星というのは、ヒトデのような形をしているものだと思っていたが、じっさいに星と対面すると、星はどちらかというと、昔の絵に出てくる天使のようだった。頭部に2つのくぼみと3つの穴があって、ここからコミュニケーションを取るのだと直感的にわかった。そのほかの部分は、まるでエネルギーがありあまっているのだというふうに、光が飛び出ていた。

 星はよっこらせと窓枠をまたぐと、紳士的にえしゃくをした。星のえしゃくは、頭が半分に折れるような感じでするのである。

 わたしは起き上がって、ぼうぜんと不法侵入者を見つめた。

「この窓から、あなたの赤ちゃんが見えました。じつは、その子をおなかに送ったのはわたしたちなのです。生まれてみたらなんとかわいい。ぜひ、わたしたちにおあずけください。」

 起き上がったときには、すでに隣で寝ていた子どもを抱きしめていた。母の本能というのがわたしにも発達しているのだ。

「そんなの困ります。」

「大切に育てますから心配はいりません。12歳で戻ってくるときには、5か国語をペラペラに話して、数学と物理学で学位を取れるようにしてあげましょう。」

 星はやたらと眩しかったが、暑くはなかった。むしろ、スーッとさわやかになる、ミントのような香気が漂っていた。その間に、わたしはクリアになってきた頭で、いろいろと尋ねた。

「どうしてうちの子を選んだんですか。」

「こういうスカウトは珍しいものではありません。」

「5か国語ってどの言語ですか。」

「英語、フランス語、アラビア語、ヒンドゥー語とイタリア語でどうでしょう。あなたに選んでいただいてもけっこうです。」

 そのとき、わたしは星と日本語でやりとりしている自分に気がついた。今のわたしはパリに住んでいるのだから、フランス語で話しかけられてもいいはずなのに。

「わたしたちは心で会話するので、どんな言語も介さないのです。」

 星の声は笑みを含んでいた。

「そして、わたしたちは肉を食べないので、あなたの子どもを食べてしまうこともありません。」

 星はわたしの心も見通しているのだった。わたしはこの不思議なスカウトに乗るべきかどうかをとっさに思案していた。12歳まで離れ離れになるのは長すぎる。けれど、この子にとっては、人生を飛躍させるラッキーチャンスなのだろうか。

 一瞬、夫のことを考えた。

「夫に相談してみないと、すぐにはお答えできません。」

「わかりました。それでは、またお返事を聞きにまいりましょう。」

 そう言って、星は窓の外に出た。浴室が急に薄暗くなったように感じる。はしごは、あっという間に空に上っていき、白い風船は見えなくなった。わたしの腕にしっかりと抱かれて、子どもは相変わらず眠っていた。

 しばらくして帰ってきた夫は、楽しそうだった。

「簡単だよ。ぼくたちも一緒に行けるなら、ぜひお願いしよう。」

 たしかに、子どものそばにいられるのなら、悪くない。それに、わたしたちは旅行と新しい国が大好きなのだ。自分ひとりでは、そのことに思い至らなかった。
 それから、星が再びやってくるのを待っている。夕暮れの空にピンクの雲がかかるとき、お風呂の掃除でシャワーをピカピカに磨くとき、わたしは窓の外にじっと目をこらす。

 しかし、夫には言わないものの、星はもう来ないだろうと思っている。

 浴室で尋ねられたとき、わたしの答えは決まっていた。星は、すでにわたしの心を読んでしまったのにちがいない。