みるとみえる

世界文学と「わたしの言葉」をこよなく愛する女の子の創作ノート

短編小説その3(つづき1)

 * * *

 最初のころ、シェンはロドリゴに惹かれていたわけではなかった。ロドリゴにみんなの前で口説かれても、彼女はロドリゴの言葉が信じられないといったふうで、距離を取るようにしていた。

 しかし、わたしたち夫婦と友人達で企画したパーティーに、シェンを誘ったとき、一緒に来たのはロドリゴだった。そのときの二人は、まわりの友人と話すこともなく、テーブルの上でお互いの手を触ったりつかんだりして、もう引き返せない様子が見て取れた。

 ところがそのあと、シェンはわたしに「ロドリゴと付き合うことについてどう思うか」と意見を求める。わたしの答えは、「好きなら止めないけれど、まだ選択の余地があるなら全くおすすめしない」だった。笑い声も引っかかるし、ハーグでの生活を考えても、ストレートに賛成することはできなかった。

「そうよね」とシェンは言う。

「ロドリゴと旅行したんだけどね・・・

 ブルージュに休暇用の家があるから、週末に一緒に行かないかって誘われたの。最初は断ったんだけど、自分の家族も来るから心配はないし、一人部屋を用意するからと言われてね。ロドリゴのことは好きだし、結局レンタカーを借りて二人で行ったのよ。行きは楽しくてよかった。でもついてみたら、彼の家族って、離婚した奥さんとその兄弟のことだったの。

 パリでもそうだけど、ヨーロッパってあいさつのとき頬にキスをするでしょう?奥さん、わたしにキスをしたあと、ほかの人たちを一周りして、またわたしにキスしたのよ。わかる?最初にあいさつしたのを覚えてなかったか、忘れてしまったってこと。それほど、気が動転してたんだと思う。自分の元夫が、明らかに新しいガールフレンドを連れてきたんだもの。

 わたしは、まだロドリゴと何でもないわけよ。でも、彼女じゃないって言っても、信じてもらえないわよね。二人で来てるんだから。ロドリゴは何でわたしを連れていったんだろう?わざわざ、別れたパートナーに見せつけるため?ロドリゴはわたしを利用したんだと思うけど、それが何なのかよくわからなかった。

 帰りの車は、さんざんだった。怒鳴ったし、泣いた。だって、わたしが奥さんを傷つけたのがわかったから。わたしはそんなつもりじゃなかったのに。」

 だから、ロドリゴはやめたほうがいい、というわたしの主張を補強して余りある話だった。同時に、シェンとロドリゴに対するやさしい気持ちがわたしの心にわいてきた。

「それで、なんで付き合うことにしたの?」

 確かに、シェンは答えてくれた。しかし、今となってはその答えを思い出せない。(1)好かれているし、自分も好きだから、(2)似た者どうしで惹かれ合うから、(3)お互いに、寂しがりやだから、という3つの理由のどれかだったと思う。あるいは、3つの全てをあげていたかもしれない。

 * * *

 シェン自身が、猫のような雰囲気を持っている。黒いけれど少しふわふわした髪をして、スーッと筆で書いたようなつり目で、まるで中国のお人形のようだった。パリの通りを歩くと、何度も男の人に声をかけられると言っていた。
「ミツコだってそうでしょう?わたしたちがアジア人だから、簡単に引っかかると思ってるのよ。」
 しかし、わたしはヨーロッパでナンパされたことは一度もない。
 シェンが猫に似ているのは、見た目だけではなかった。彼女には、放浪の習性のようなものを感じさせるところがあった。わたしやロドリゴが働く会社にインターンとしてやってくる前、シェンは上海の出版社に勤めていて、旅行用のガイドブックを執筆するライターだった。少しでもより良く書いてもらうため、世界中の一流ホテルが、無料で出版社の人間を招待し、いちばん上等なスイートルームと食事を用意して観光のお膳立てをしてくれる。わたしたちからすれば夢のような話だ。だがそんな特権を、シェンはゴミ箱に捨ててしまった。(つづく)